90番のための写真講座

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2012/08/24 更新(まだ書きかけです)

基礎編 第5回: 回折現象と小絞りぼけ

ちょっと難しくて分かりづらい話になりますが, ピンぼけとはまた別種のぼけである小絞りぼけについて説明しておきます。これが実は90番写真最大の敵なのです。

第2回によると, 絞りを絞るほど被写界深度が広くなってぼけが少なくなるはずです。ということはもしシャッタースピードをいくらでも遅くしてよい, ISO感度をいくらでも高くしてよい状況があったとしたら(それもまた無茶な話ですが…)思いっきり絞ることによってどんな近距離からでも無限遠まで全部ピントがあっている写真が撮れる… と言いたいところなのですが, 残念ながらそうはなりません.

光は波の性質を持っているので, 狭い隙間を通り抜けようとすると回折という現象で拡散してしまいます. そして大きく絞った絞りはその狭い隙間そのものです. つまり絞りを絞るほど光が回折現象で拡散して像がぼやけるという事態が発生してしまいます. これを小絞りぼけと言います(そのものずばり回折ぼけと言うこともあります).

小絞りぼけはピント位置にかかわらず写真全体にほぼ均等に影響して写真の解像度を落としてしまいます. また, 小絞りぼけの量は殆ど絞りのみによって決まるので, カメラの種類, 映像素子の大きさに関わらず同じと考えられます. 従って, 実際に鑑賞する際には映像素子が小さければ小さいほど影響が大きく現れます.

例えば小絞りぼけの直径が映像素子上で0.01mmだったとします. フルサイズ1200万画素のカメラにとっては1ピクセルの幅が0.008mm程度なので影響は軽いですが, 同じ1200万画素でもコンデジでは標準的な1/2.3インチ映像素子だと1ピクセルの幅は0.0015mm程度なので実に6ピクセル分にもなってしまいます. 印刷するときも事情は同じで, 例えばA4サイズに印刷しようとするとフルサイズデジカメだと約9倍の引き伸ばしになるので, プリント上では0.09mm程度ぼけていることになります(殆ど視認不可能でしょう)が, 1/2.3インチのコンデジだと48倍も拡大することになるため0.48mmのぼけとなり, これは十分気になるレベルです.

実際どの程度小絞りぼけが許容できるかもピンぼけと同様に鑑賞方法や見る人の感覚に大きく依存しますが, 小絞りぼけの量がピンぼけが許容できる値(=許容錯乱円径)を超えてしまうと本末転倒ということになるでしょう(ただし実際は小絞りぼけはピンぼけに比べて撮影後のシャープネス処理などで救いやすいですし, 多少の小絞りぼけを許容すれば目的の被写界深度が得られる, という場合はピンぼけを諦めるより小絞りぼけが出てもちゃんと絞った方がいいと思います).



小絞りぼけの実例を見てみます. ただしピンぼけは撮影対象までの距離によって大きくぼけ量が変わるのでわかりやすいのに対して小絞りぼけは全体的にそれほど多くない分量が画面全体にかかるのでちょっと分かりづらいです. 次の写真を見てみます.

いつものフルサイズ一眼レフだと小絞りぼけは分かりづらいので, 換算2.7倍のコンデジで撮ってます. 焦点距離は140mm(x2.7=換算378mm), ピントは90番のロザリオのところに合わせました.

絞りを変えながら撮って, 背景の本の背表紙の部分(ピントは合っていない)を等倍で切り出して並べてみます.

F5.6F8F11
F16F22F32

F5.6では完全にピンぼけしています. 小絞りぼけが無ければ絞れば絞るほどクリアになるはずですが, 実際はF11あたりが一番クリアになっています. F16〜F22はなんとなくキレがないという程度ですが, F32になるとだいぶわかりやすいと思います.

続いて本来ピントが合っている筈のロザリオ部分の等倍切り出しです.

F5.6F8F11
F16F22F32

F5.6よりF8の方がクリアなのはF5.6ではレンズの性能限界に引っかかっているからなのですが, F11からF32に行くに従ってどんどん明瞭さが失われていっているのが分かるでしょうか.



どの程度まで絞ると小絞りぼけの影響が出るようになるかは前述の通り映像素子の大きさや鑑賞方法, 見る人によって大きく異なります. が, おおざっぱには次の程度だと思ってください.

ピクセル等倍(画素数)画像ファイル(長辺)印刷
800万1200万2400万200px720px1920pxL版2LA4
フルサイズF11F8F5.6--F16F32F22F16
APS-CF8F5.6F4-F32F11F22F16F11
フォーサーズF5.6F4F2.8-F22F8F16F11F8
Nikon 1(1インチ)F4F2.8F2-F16F5.6F11F8F5.6
高級コンデジ(1/1.8インチ)F2F1.4F1F32F8F2.8F8F5.6F2.8
コンデジ(1/2.3インチ)F2F1.4F1F32F8F2.8F5.6F4F2.8
携帯カメラ(1/3.2インチ)F1.4F1F0.7F22F5.6F2F4F2.8F2

絞り値をこの表の値以上にすると小絞りぼけの影響が出始めます. 実際には更に1〜2段分くらいなら平気で, シャープネスをかければ3段分くらいはなんとかなります(実は映像素子の構造上, ピクセル等倍で見るときは何もしなくても小絞りぼけ1段分くらいはシャープさが失われていたりします). - となっているところは実用上いくら絞っても問題ないところです.

この表の通り, コンパクトデジカメなどの映像素子が小さいカメラの場合, ピクセル等倍で見たりある程度の大きさにプリントしようと思うと事実上絞ることが出来なくなります. そのためそもそも絞ることが出来ないようになっているか、高級コンデジでもF8〜11程度までしか絞れなくなっていることが多いです(短い焦点距離で大きく絞ることの機械的な精度の問題もあるかと思いますが). 一眼レフのレンズだとF22までというものが多いです.

いずれにしても, 小絞りぼけの影響があるため際限なく絞る訳にはいかず, 絞りによる被写界深度の調整には限界があります. これは90番と背景両方にピントを合わせたまま90番をカメラに近づける(=大きく写す)のにも限界があることを意味し, 90番写真を撮る上で大きな障害になります.



小絞りボケ(回折)の量の計算式の導出には光学の専門的な知識が必要で説明出来ませんが, エアリーディスクの直径の式がだいたいそれに当たります. エアリーディスクの直径はおおよそ1.22 x F値 x 光の波長で計算でき, 光の波長は可視光線の最大長である約750nmを用いれば問題ないでしょう.





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